うつ病の症状4~3回目の転職はたったの1カ月で退職!!ストレスは万病の元

うつ病の症状

毎日残業は当たり前で、休みは月に5回あったらラッキー。
でも、もう辞めたい…もう人と関わる仕事は嫌だ!!死にたい死にたいと思っていた矢先、健康診断で先生に怒られました。

1.健康診断で初めて先生に怒られた。不整脈は煙草の所為?

皆さんも健康診断を受けたことはあるかと思います。
私の会社も年に2回は健康診断があり、私は毎回「不整脈」でひっかかっていました。
当時私は煙草を吸っていました。ストレス発散のため他にすることが、喫煙しかなかったのです。
煙草が大好きでした。吸っている時間だけ少し安心できました。
日々の嫌な客の対応や、従業員のミスの対応、その他のこと含めて私は一人で抱え込もうとしていました。
なので「不整脈?煙草吸ってるからな~でも、辞める気はないし。死にたいから別にいいわぁー」と思っていました。

そんな日々が数年続いた時、ある日健康診断の先生に初めて質問をされました。
「不整脈、検査いった?」
「行ってません。煙草を吸っているので、それかと…」
「いい加減行った方がいいよ?若い人だって心臓発作になる確率はあるんだから。行ってきなさい!」

毎回不整脈について触れられたこともないのに、初めて医者に「病院に行け」と言われたことに「そんなにやばいのかな?」と半信半疑でした。
どうせ煙草を吸っているから不整脈なんて出るんだろう、仕事も忙しいし、ストレス凄いし…と思っていたので、いつも行く内科に行って大きな病院を紹介されても余裕でした。

小さい頃は病弱で入退院は日常茶飯事のモンゴロイドでしたが、大人になるととても丈夫でした。
仕事でもインフルエンザで休む時はありましたが、その他は風邪をひいてても仕事に行くほど精神力と体力には自信ありました。

初めて大きな病院は周りが年配の方ばかり。
当然です、心臓が悪くなるなんて年配になってからの方が圧倒的に多いですからね。

エコー検査、レントゲン、血液検査などして、初めて心臓血管外科の先生の診断を受けます。
ここでも私は「どうせ煙草が原因だから、やめろで終わるんだろうな~」と思っていました。
しかし、結果はまるで違ったものだったんです。

2.僧帽弁閉鎖不全症って?え、なんですか?病名長すぎる(笑)

診察室の扉をあけ、先生とはじめましてよろしくお願いします~みたいな挨拶と、
健康診断が毎年「不整脈」でひっかかっていたことや、そろそろ医者に行けと言われたことなど話しました。
先生は息苦しいという感覚はないか?胸がいたくなることはないか?など聞かれましたが、私は「そりゃ…階段上ったら息苦しいぐらいで後は特に感じない」と言いました。
先生は「ご家族の方に心臓病の方は?」「今日は一人で来られましたか?」と言われ、なんだか不穏な空気を感じました。
私は家族に心臓病の者はいないことと、今日は一人で来たことを伝えると、先生は

「モンゴロイドさんは僧帽弁閉鎖不全症という病気です。
緊急に手術をする必要はありませんが、できれば早い内に手術をした方がいいです。
次回、ご家族の方にもお話しをしたいので一緒に来ることはできますか?」と言われました。

頭が真っ白でした。

当時、私はまだ25歳。自分で言ったらあれですが、まだまだピチピチでした。
問題な従業員に怒りを抑えて指導をする時や、クレーム対応をするとき心臓が口から出るほどドックドクという感覚はありましたが、それは普通の生理現象だと思っていました。

先生はその後、「僧帽弁閉鎖不全症」という病気について、撮影したレントゲン、エコーの結果、また心臓の模型を使って詳細を説明してくれましたが、心ここにあらず、まるで違う視点から、何か夢でも見ているかのような感覚がありました。

詳細を説明するとややこしいので簡単に説明します。
心臓には血液を循環させるために蓋(僧帽弁)があります。
この蓋は閉じたり、開いたりするのですが、モンゴロイドはその蓋の閉まりが甘いため、血液の逆流が起こり、心臓が普通より2倍ぐらい大きくなっているとのこと。
心臓が大きくなることにより体はいつも負担がかかっている状態となり、またこの蓋がいつ閉じたままになり心臓発作や心筋梗塞を起こしかねないというい状況でした。

説明が終わり、次回家族と一緒に面談することを約束し、病院を後にしました。
私は現実感のなさと、「死にたいとずっと思ってたからだ」となんだか自嘲しました。
願いは叶うっていうけれど、とんだ願望の叶い方になんだか嬉しいのか、悲しいのか、分かりませんでした。

3.この会社には居られない!3回目の退職

「僧帽弁閉鎖不全症」と診断されてから、私は退職の決心がつきました。
実は仲の良かった先輩が、今掛け持ちで勤めている海外輸入食品店がとても良くモンゴロイドに合っていると思うと言い、もし退職するならすぐ店長に言ってくれると言っていたのです。
私はさっそく前々からお願いしていたことを実行する旨を伝え、意気揚々と次の職場を楽しみにしていました。

退職の最後の日まで、嫌な仕事だなと改めて思いました。
そして、つくづく自分には「接客業」は無理だと思いました。

心臓病の方は、緊急性を要しない状況だけれど、なるべく早くやった方がいいと言われたので、3回目の転職先で少し色々な事を覚え少し落ち着いてから手術をしようと思っていましたし、先輩からもモンゴロイドが心臓病を患わっていることは転職先の店長にも言ってくれていました。

2社目のブラック飲食店は、女性の地位は格別に下でした。
その当時の店長にも、「うちの会社で女が店長になることはまずない」とも言われていましたので、どれだけ残業や売り上げを上げても何も給料に反映されませんでした。

しかし、転職しようとしていた会社は能力により公正に給料が上がっていく仕組み。
日ごろから何か身に着けられるものを仕事にしたいと思っていた私にとって、本当に楽しみにしていた会社でした。

面接も無事に終了し、日々新しく覚えることばかりで目が回りそうでしたが、

海外の食品や、コーヒー豆を扱う店舗でどれもこれも新鮮で、品出しやレジをしていても楽しかったのです。

 

ある日、休憩中に店にあるコーヒーの産地や、味について色々書いてあるマニュアルを読んだり、海外食品についてどのような料理に使うのかというのを見ていました。
いくら分からないのは聞けばいいと思いながらも、お客さまに聞かれた時、答えられず、他の人に聞く手間を早く省きたかったのです。

そんな私に対して、周りの人達は「真面目だね~偉いね~」とほめてくれる人達ばかりでしたし、コーヒーについて覚えるコツなどアドバイスをしてくれた方が殆どでした。
しかしそんななか、女の店長が言った一言。

休憩中に勉強してるの?ゆっくり休めないからやめてくれない?」でした。

私はいつも酷い事を言われてもニコニコしてしまうので、「すみません」と言いながら笑いました。
その場に居た先輩たちは決して私を責めることなく、「まっ休憩中だしね!ゆっくり休んで良いよってことだよ」とか「モンゴロイドさんは真面目だね。偉いね」とフォローしてくれましたが、店長だけは何だかイライラしている様子でした。

もう接客業は無理!と思っていましたが、転職をしたことで心機一転な気持ちになり、
ちょっとおしゃれな雰囲気の海外輸入食品やコーヒーに触れることで、接客も苦にならなりませんでした。
また、年の近い人でとても雰囲気が柔らかい人がいて、少しずつ職場の人とも仲良くなっていったのです。

周りの人は、前職(ブラック飲食店)でホール長をしていたことを知っていた人がいたので「やっぱり仕事を覚えるの早いね」「すぐ昇格できるよ」など、本当に転職してよかったと心から思えました。

しかし、女の店長だけはどうしても苦手でした。
彼女はよく人の見た目の欠点を冗談混じりにコミュニケーションする人でした。
従業員は笑いながら受け答えしていましたが、私はコンプレックスだったことを言われました。
それまで顔についてからかわれた事がなかったので、単純に耐性がなかったと思うのですが、ある日店長が真剣な眼差しで私の顔を見て言いました。

「モンゴロイドさんって、鼻曲がってない?」
ここでも、私はまたニコニコしていたような気がします。
自分でも鼻の筋が曲がっていることは分かっていましたが、まさかこんな所でそれも大勢の前で言われるとは思わなかったんです。
周りは「それでも可愛いから大丈夫」などと言ってくれましたが、私はとても傷つきました。

それからも店長のいびり?は続きます。
その海外輸入食品店は路面に面した店舗だったのですが、コーヒーも販売していたので
毎日のように路面でコーヒーの試飲を配っていました。
人通りの多いアーケード通りに面していた店舗なので、雑音にかき消されないよう
大声で、明るい声で、笑顔でコーヒー配りをしていました。
私としては頑張っていたのですが、そこでも店長のご指摘が。

モンゴロイドさんの声って、おっさんっぽくない?

近くに居た従業員に声をかけ、笑っていました。
それまでも日常から何かしら言われていたので、本当によく人のあら捜しをする人だと思いました。
声をかけられた先輩は、「ハスキーだよね、ハスキー」とフォローしてくれましたが、
私は「自分の声は変なんだ」と言われた気がして、ただ謝るしかありませんでした。

そんな店長は顔や声だけではなく、身体的コンプレックスについても指摘をしてきます。
今はうつ病で10キロほど痩せてしまいましたが、当時は太っていました。
よくお客さまからこのお菓子はどんな味がするの?とか聞かれることがあったので、
人気のスナック菓子を買い、休憩中に食べていた時。

そんなジャンクフードばっかり食べてるから、太るんだよ

と言われました。
それからあまり店長と休憩が被る時は、スナック菓子など買わないようにしました。

転職を進めてくれた前職の先輩は、そういった店長の態度によく「大丈夫?」と声をかけてくれましたし、他の従業員も「気にしなくていいよ。あぁいう人だから」と言ってくれましたが、どうしても店長の言葉をさらりと受け流すことはできませんでした。

その頃から、私の体調は悪くなっていきます。
1社目でもそうでしたが、店長に声をかけられるたびに心臓がバクバクしますし,見張られている、悪口を言われているという妄想が頭を占めました
そのため休憩は職場ではなく、近くの公園で立っておにぎりを食べてました
仕事に行こうとすると吐き気がしたり、お腹が痛くなったり
それでも、あのブラック飲食店には戻りたくない!すぐ辞めたなんて思われたくない!という思いで、重たい体を毎日引きずって職場へ行きました。

振り返ってみると、褒められたことはあったのかもしれないですが、記憶にありません。
ただ女の店長には、集中的にいびられたという感覚があります
そして、決定的な出来事が起こります。

ある日、いつものように品出しをしていました。

お客さまに商品の場所を聞かれたので、その商品の場所があるだろうと思うコーナーに行きましたが、該当の商品がありません。
私は「少々お待ちください」と言い、近くに女の店長を見かけたので、声をかけようと近寄ったのです。
店長は他のスタッフと喋っていましたので、少し待とうと思い近寄ったら、

「何?」

「○○の商品がどこにあるのか分からなくて…」
あのさ、そんな私困ってるんです~みたいな顔で来ないでくれる?
そんな顔されたってこっちはイライラするんだけど

頭が真っ白でした。

何だか私の全てを否定するような言い方をされたのです。

その翌日、仕事を行こうという気にはなれませんでした。
母は元気のない私に、「どうしたの?」と聞きます。
私は今まで店長に言われてきたことを泣きながら話しました。

母は激怒してくれました。最初は元気に行っていたのに、最近元気がないと思ったらそんなことが起こっていたなんて…と。
母が「辞めるの?そしたら、お母さん電話してあげるけど」と言ってくれました。
今思えば本当にお恥ずかしいことなので、生涯の汚点だと思っているのですが、自分で直接辞めるという勇気も気力も底ついていたのです。
私は「うん」と頷いて、部屋で号泣していました。

母は向こうの部屋で、長い間電話をしていました。私の話に「それってセクハラだし、パワハラでしょ!」と怒っていたので、「モンスターペアレント」みたいにならなきゃいいなと心配しつつも、
女の店長に対し思いっきり言ってやってほしい!という、気持ちもありました。

(あぁ…せっかく転職したのに、1カ月で辞めちゃった…)

(なんで私は人に嫌われるんだろう…)

(なんで私って人をイラつかせるだろう…)

そんな疑問を抱きつつ、何も考えられないままでいました。
しばらく経ってから、母が部屋の扉を開けると電話先に出たのは、日ごろからフォローしてくれていた先輩で、店長は休みだったとのこと。
母がその先輩の退職する旨と、上の人がいないかと聞くと丁度エリアマネージャーが店舗に来ていた時だったと言いました。
電話はエリアマネージャーに代わり、母は私が話したことを話すととても驚いて動揺していたことを伝えてくれました。

そして、「それはおっしゃる通りセクハラですし、パワハラです。店長には状況を確認し適正な処分を下します。管理不足で娘さんに辛い思いをさせてしまい申し訳ない」と言ってくれたそうです。

嘘でも私はその言葉にとても救われました。
少しでも自分の気持ちを理解してほしいと内心思っていたからです。
母は「確かに全て娘が悪くないとは言えない。いたらなかった部分も多かったと思う。
しかし人を指導するという上で、身体的特徴や顔について言う必要はない」とはっきりと言ったそうです。
私はその時ほど母に感謝することはありませんでした。
社会人にもなり、いい年をして「仕事行きたくない!(泣)」と泣きついた私に、母は恥を忍んで、職場へ退職する旨を言ってくれたのです。

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