うつ病の症状8~最後の職場と思っていたのに……初めての精神科受診~

うつ病の症状

同僚や上司の言葉や態度にすぐ傷つくモンゴロイド。
人生7回目の転職をするも、所属しているリーダーの言葉や、部署内の仕事のなすりつけあいやシフトの自己犠牲、何となくまとまっていると思っていたクラス内で自分だけ孤立しているかのような感覚に陥り、ある日職場ではなく足は違う方向を向いていた…

1.とりあえず休みたい…それだけが、私の思いだった。

以前から自分の鬱っぽさには程々諦めていたし、また気分が上がると思っていたが、今回は違かった。
何でこんな自分なんだろう…せっかく良い職場なのに…給料も良いのに…ただ、役割がきついという事を上司に相談すれば良いだけなのに、それよりも「死にたい」という気持ちと引き続きの腹痛、動悸、頭痛、吐き気が辛い。死にたい。
会社は2日以上休むと病院に行って診断書を貰ってこないといけない。
私はここで決意をした。「精神科」に行こうと…高校生の時に・過眠・焦燥感に悩まされ地元の心療内科に行った時のトラウマがあったが、それでも良いと、とりあえずこの症状に診断名を付けて、休みを診断してくれれば良いと思っていた。

以前から不調は続いていたため、私は住んでいる地域の精神科・心療内科を調べていた。
チェックする所はもちろん口コミで、その内容を細かにチェックしていた。
診療時間は短くても良い、とりあえず優しい雰囲気の人が良いと思っていた私は、元々めぼしをつけていた精神科を受診する。

先生は60代は超えているであろうと思われる、年配の先生だったがとにかく話を頷いて聞いてくれた。
中学校の時、いじめで拒食症、自律神経失調症、過敏性胃腸炎となり一年間はほぼ不登校だったこと、
高校生の時、友達との関係が崩れ精神的に酷く落ち込んだこと、死にたいという気持ちと明日死んだらどうしようという焦燥感に酷く終われ怖くなったこと、心療内科の先生と合わずその場で号泣してしまったこと、
社会人になっても良くなったり、悪くなったり…その都度、職場を変えれば治ると思っていたし実際そうだったが、今回は何故か違う。なかなか治らないとのこと。
心臓病のことも言うと、先天性ではないことからそれは大変だったね、と優しくいってくれた。

初診だったこともあり30分ほどは話していたと思う。
私は自分の情けなさ、死にたいという強い思い、とりあえずこの気持ちと体調の不良をどうにかしたい…もう、嫌だ…すべてが嫌だ…といったことを話した。
先生からのいくつかの質問に答えると、先生はこう言った。

「典型的なうつの症状だね。とりあえず、1か月休もうか」

全てのことから解放される。これで一旦休めると思い、家に帰る途中に職場に電話をする。
鬱病で1ヶ月休職する、ということを伝えると、何となく困惑していた様子だったが、当の私はそんなことさえどうでも良かった。
嘘だと思われても、化けの皮が剥がれたと思われても、1ヶ月休職したらまたいつものようにやれる自信があったのだ。

当時、私は母と姉夫婦と甥っ子2人とマンションで暮らしていたため、母親だけには1ヶ月休職するといった。その時は母に「うつ病で休む」ではなく、ただ体調が悪いから休みということだけ言った。

数時間後、直属ではなく部署全体の上司から電話がかかってきた。
上司はモンゴロイドのSOSに気付いてあげられくて申し訳なかったということと、何が原因か、職場でできることはないか、休職ではなく異動する形や役職を下りるという形はどうかと聞かれたが、私は何も考えられない、とりあえず今は休みたいということを伝え電話を切った。

それから復職するまでは、思う存分体力の回復に努めた。
やってしまった……薄々感じてはいたものの、本当に自分は鬱なんだろうか?
この人生をいつまで自分は続けるのか…そう思うと眠れない日々が続いた。
でも、明日は仕事ではないということを思うと、それもいくらか不安も薄れていった。

2週間程過ぎた頃、会社から封筒が届いた。
給料明細かなと思うと、驚きの事実がそこに書いていた。

「欠勤控除として、18万円翌月末までに○○まで振り込むように」

欠勤控除?なんだそれ、っていうか18万なんて額を翌月振り込むことなんてできないじゃないか!!!!
今まで休んだ分だけ給料からひかれたことはある。それは何の文句もない。
しかし、今回休んだ分を一括で払えるわけないし、いきなり書面できても困るー!!

ここで私は改めて、会社の規定というものを読んだことないことに気づいた。
基本ノーワークノーペイなのだが、今回の休職は何の手続きもなしの休職のため、
欠勤扱いという形だったのだ。
私は親に頼ることもできなかったので、その次の週には精神科に行き復職できるよう一筆書いて欲しいといい、診断書を書いてもらった。
先生は本当に大丈夫?もう少し休んだ方が良いんじゃないの?と言われたが、金銭的に余裕がないことを必死で訴えると、そういうことならしょうがないと言いつつ診断書を書いてくれた。

晴れて予定通り一か月の休職を終え、私は復職した。
上司にはもう役割は降りたい、前の部署へ戻りたいということをいうと、その通りにしてくれた。これはとても良かった。
しかし、1ヶ月休職しただけと言ったら語弊があるが、私は猛烈は孤立感を感じた。

中には声を掛けてくれた人も居たが、まるで皆が腫物に触るかのような感じだった。
私はそう思われても仕方ないと思いつつも、「今までどうしたの?病んでたの?(笑)」とまるでふざけて聞いてきた人の言葉と顔は忘れない。
その人は会社創立から携わっていたため、きっと上司に私がうつ病ということを聞いたのだろう。それでも私はあまり気にしないようにした。

2.復職してからの日々は苦痛でしかなかった

復職してからというものの、普段なら気にすることなかった人の視線や声、笑い声が気になるようになった。

デスクは向かい合わせのため、どうしても視線が合ってしまう時がある。

私は人と視線を合わせることが嫌だったし、人の視界に自分が移っていることが嫌だったので、画面を高くして壁を作り視線をシャットダウンできるようにした。
また、社内にはクラシック系のBGMが常時流れていたが、私は煩わしさを感じ耳栓をして作業をするようになった。そうでないと作業に集中できないのだ。
また、隣の人との距離が近いデスクは嫌だった。隣の人のタイピング音が強かったりするだけで、まるで私が何か悪いことをしたのかと思えたからだ。

職場のあらゆる物、人、事柄、仕事のやり方、対応策など全てに嫌気をさすようになったものの、欠勤控除分の18万円ほどを会社に支払わなけれなならないため、普段通り残業することも増えていった。

欠勤控除分は、分割することを後で知り、だったらもっとゆっくり休めば良かった…とは思ったものの、このまま続けることしかできなかったので、死にたい辞めたいと思いながらも、日々過ごすようになった。

仕事は役割を降りたことで随分楽になったが、その頃から会社の方針が大きく変わり始め、長く勤めていた先輩たちが何人も「こんな会社なら居なきゃよかった」と言いながら辞めていった。
ワンマン社長のやり方に賛同する者たちは、社長に可愛がられどんどん上の立場になりプライベートなしの仕事と引き換えにまぁまぁの給料を手に入れていった。
会社のだいたいの人が日々の残業や、役割の負担が多すぎることに不満を持ち、どんどん辞めている傍ら、モンゴロイドも転職するまで貯金や資格など取得しようと思っていた。

社長のやり方に賛同する意識高い系社員たちにとって、私の存在はとても目障りな存在だったと思う。現在も早く辞めればいいのにと思っているに違いない。
ある日もこんなことがあった。

私の勤めている会社は365日24時間対応という組織。
早朝出勤、日勤、遅番、夜勤などのシフトがある。
年末年始・GW・お盆なども関係なく、その皺寄せは派遣社員・契約社員にもちろんくる。

社長含め上部の人達は、毎年人手不足となる時期を何とかできないかと色々な餌で釣っていたが、結局一番手当てがつくのが労働者にとっていいのに、ある年は「今年は手当なし。元々そんな約束してないし~あ、でも弁当つくよ」みたいな年があった。
契約社員という立場は十分分かっているものの、今時年末年始の手当てがない企業があるのかと殆どが休み希望を出し、人手不足になるのは目に見えていた。
そのため、恒例の「君たち契約社員だよね?年末年始関係ないって約束で採用したよね?人足りないから出勤してよ」の勧告がスタッフに来る。
私は元から休む気はなかったが、県外から働きに来ている人もいるのに、可哀そうだなと思った。
結局その年は余りの人手不足に、「やっぱ手当て出すわ!」ってことになったのは、年末にかけて…
私は同僚に「休みにしてた人も手当てあったら出勤してたのにね」と話していたのを、意識高い系社員が聞き「それは違うでしょ?手当て出るから出勤するのは」と軽く叱られる( ´∀` )

いやいや、お前みたいな精神持っている奴の方が少ないからぁ!と思いつつ、すみませんと謝るしかなかった。

3.もうこれ以上休んだら考えるよ?会社からの圧にガグブル

辞めたいけど辞めれない、今の自分ではまたブラックな会社に捕まってしまう…路頭に迷ってもいいくらいの貯金をするんだ、毎日タウンワークを見るんだと思いながら、苦痛を日々を続けること、約1年。

この頃からまた休む日々が続くようになってきました。
月の大半を休んだことが続き、面談があり、会社から当然のクビにするかも宣告。
当然のこととは思いつつも、自分だって休みたくて休んでるんじゃないよ、頑張ってこれなんだから自分でもどうしたら良いか分からないんだよという気持ちが溢れ、上司3人の前で大号泣。
しかし、モンゴロイドのメンヘラさにほとほと飽きがついていたのか、上司たちは「ま、そういうことだから」という感じで、次の人の面談に移りました。
途中、再度休職してはどうか?と言われたこともありましたが、その頃には「一年6カ月」は過ぎていたため、安易に休んでられる状況でもなかったので、また体に鞭を打ち強制労働をさせる日々が続きました。
それでも、会社を好きになることは二度とできませんでした。
あれだけ復職した際に、こんな私に居場所を与えたくれたことに心から感謝したのにも関わらず、うつ病という病気を理由に休んでるんでしょ?なニュアンスで対応されたように感じ、私はもはや上司も同僚も職場の全てが嫌いになっていました。

だったら辞めればいいのに。っていう気持ちも分かります。
でも、自分としてはうつ病の波を越えれば、また元気な自分に戻ってくれるという期待を抱いていたし、実際来月からは欠勤なしでいけるっしょ!余裕!なテンションの時もあったのです。
でも、突然襲ってくる脱力感、理由のない涙、無力感、希死念慮が消えることはそのあともなかったのです。

復職して、ものの2年経過し、欠勤が続き、また休職をすることになったのは、ほんと4カ月前。
あっという間に10月になってますが、体感としてはやっと1ヶ月が終わったというぐらい、休んでない感があります。
やっと最近食欲が復活してきたかなと思うのですが、洗剤のにおいがしたり、腐った味がしたり、引き続き頭痛、気怠さは消えません。

就業規則に則り休めるのは、来年1月上旬まで。
まだまだあるじゃんと思われるかもしれませんが、あと3か月で今の状況が回復するのか明確じゃないので不安は募る一方です。
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その後、2020年2月に休職満了により退職。
現時点(2020年6月)では、同名の疾病にも関わらず社会治癒されたと認定され、傷病手当金で生活費や税金を納めて生活中。

4.まとめ

今、うつ病など精神疾患などで入院するまで酷い症状に悩まされている方からしたら、モンゴロイドの症状なんてまだまだ序の口だと思います。
また、精神疾患を抱えながらも家族、迷惑をかけたくないという思いで仕事に励まれている方、本当に偉いと思うし、凄いなと思います。
自分もいつかそうなったらいいな。と思いますが、とりあえず今はめいいっぱい休んで精神と体の調子を整えてまいりたいと思います。

鬱病かな?なんだか落ち込むな、死にたいなって思われている方。

大丈夫なんて言葉は言いたくないので、これだけ言わせてください。

私も一緒なので、とりあえず「生きてる」だけしてましょう。

でも、死にたいほど辛いですよね。

死ぬ勇気があれば、それはそれで私は良いと思うのです。
だって世の中死んだ方が楽だって思う気持ちは、痛いほど分かりますから。
でも、少しでもどうしたら良いか分からない、自分の気持ちが分からない、ということがあれば、精神科を受診して投薬治療を始めましょう
社会人なら傷病手当金、障害年金、失業保険、生活保護、所得税の控除など色々な制度があります
しかし、どれも「初診日」が肝になってくることが多いので、早めに受診して主治医の指示に従い治療を進めましょう。
モンゴロイドも一緒に治療してます。今日も生きてます。
今はそれだけでよしってことにしませんか??
偶に心がどしゃぶりでこういう言葉が入ってこない、拒否・否定してしまう気持ちもモンゴロイドは分かります。
でも、とりあえず今は何もしなくて良いのです。ただ寝ていて少しやる気が起こったら動いて下さい。

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