うつ病の症状7~20代で5回目の転職をするも、また嫌になって転職!最後の砦は…~

うつ病の症状

20代で副職含め合計6回目の転職をしたモンゴロイド。
電話対応について酷く怒られたこと傷ついたモンゴロイドは、憧れの事務職で半ばやけくそで応募します。

1.髪の毛明るくしてOK?ネイルもOK?作業はデスクワーク?最高の環境!!

前回の記事で語った通り、5回目の転職(ドラッグストア)をするものの、電話対応について酷く怒られただけで傷つき、一週間胃腸炎となり、そのまま体調のため退職したモンゴロイド。

しかし、次の転職先はすでに決めていたため、とりあえず面接を受けてみることにしました。

それが、うつ病と診断されることになった現在の会社です。
この会社はとてもホワイトな会社で、その界隈では企業名を知らない人はいないほどです。(詳細を言ってしまうと、企業情報漏洩に繋がるので言えません)
当時の私は「あぁーそんな会社あったなー」ぐらいしか思ってませんでしたが、たいした資格のない奴がよく面接を受けようという気になったなぁーと思います。

面接は一次面接、二次面接、3次面接とあったような気がします。
一次面接は意外と簡単で決められた文章を打つタイピングのテスト。
そして、筆記として色々な質問に対し、自分で文章を考え、記すといったテストでした。
小学校のころから、ブラインドタッチのゲームをしたり、中学校で不登校になってチャットでネットの友達と話していたのがここで良い成果を出してくれました。
筆記もこれまた一般企業にあるようなSPI検査や、数式の計算などではなく、人間性をいかに文章から読み解こうとするようなものでした。
確か内容的には、今まで一番頑張ったことやよくある短所、長所について述べるものでした。
モンゴロイドが今でも一番頑張ったと胸を張って言えるのは、今でも悪夢でうなされるブラック飲食店で5年間ハードワークしていたことだったので、ブラックとは謳わず、さも自分は努力家で、御社に良い影響を与える良い人間ですよ~というようなことを書きました。
そして、最後に面接があったと思いますが、人見知りは心の中でしてもそれを感じさせないほどの空元気を持っていたので、面接の人もニコニコしながら楽しく会話しておわりました。

二次審査は、特にテストなどなく面接だけの審査だったはず。
そこでも持ち前の表面上の明るさを全面に押し出し、やる気ありますアピールをしました。
二次が受かり、いざ3次面接は社長と勤務地となる場所の部長との面接でした。
さすがに化けの皮が剥がされそうだな…と思いながらも、必死にやる気あります!いっぱい働きたいです!人と接するの得意です!アピールしてました(笑)
当時は、20代で6回目の転職活動中でしたし、憧れの事務職だったのでとにかく明るく自信の溢れた自分を演じていました。
今なら考えられないぐらいですが、あの時はまだ他人に良い面だけを見せようとする元気があったんだなぁと思います。

やっと3次面接まで終わり、やることはやったと思いました。
しかしながら、初めての事務職。キャリアも資格もない自分が受かるはずない、と思ったので、タウンワークは毎日のように食いついて見ていました。

あぁ、もし面接ダメだったら派遣で良いから事務をやりたい…もう、接客するのは嫌だわぁ…と思いながら憂鬱な日々を過ごしていました。

ある日、知らない電話番号から着信がありましたが、普段知らない電話番号からは一切出ないモンゴロイド。迷惑電話だと思いながら、数日過ごしました。
しかし、またかかってくる知らない電話番号…あれ、これはもしや…と思い電話をとると、なんと面接をした社長から電話だったのです!

内容は、「ぜひ一緒にお仕事をしましょう。モンゴロイドさんに期待しています」とのお言葉添え付きでの合格報告でした。
社長はブラック飲食店での私の頑張り(前年比を切ったことがない、クレーム対応、マニュアル作成)を大いに評価してくれ、いずれは部署のリーダーとして頑張って欲しいとまで言ってくれました。

本当に嬉しかったです。今までで一番嬉しかったほどの転職でした。
何も資格のない、転職ばかりしているフリーターの私が、こんなちゃんとした企業に、地方部署だけど務めることができるなんて…と、この会社に心から貢献しようと思ったモンゴロイドでした。

2.人生で一番仕事を楽しいと思えた日々、ワーカーホリック的な資質がまた災難を…

人生初の事務職。それもオフィスは都心の駅から5分もしないほど近く、大きく綺麗なビル。それもオフィスに入っているテナントはどれも超有名企業ばかり…ビルやオフィスに入る時は専用のカードキーをかざさないと入れない。
私物はロッカーで、指定されたものだけはクリアのバックにいれる。
飲み物はおいててOK、飴もなめてOK…休憩室も、仕事するオフィスも超綺麗で、高層ビルのため景色もいい。

なんだ、この職場……今だかつてないほどの良い環境やないかぁーっ!!

東北人なのに、つい開催弁を使いたくなるほどいい職場に恵まれたモンゴロイド。
最初の1か月は同期が10人ほどいたので、同期と一緒に研修がありました。
研修の内容もしっかり、きっちりされていましたが、堅苦しいものではなく、
まずは同期の人とコミュニケーションをとり、仲良くなりながら仕事も覚えていこうというラフなニュアンス。
研修をしてくれた社員の方がとっても優しくて、その上すごい憧れを感じる出来る女。
あぁ、今までの辛い思いは無駄じゃなかったのだと、逃げてきたこそ出会えた職場があるのだと、今までの人生を肯定することもできました。

研修の一か月で同期の人達とはとても仲良くなり、その後も飲み会などするような仲になれました。
研修が終わると、各部署毎に割り振られましたが、私は希望の部署Aに行くことができ、また同期も数人一緒に居たため、とても心強かったです。

希望の部署Aは、会社がこれから一番盛り上げようとするプロダクトであり、またクライエントも大変こちらの会社に期待をしているということもあって、私の意欲もとても湧きました。

定時は9時~17時でしたが、早く仕事を覚えたいという意欲と、ただ単に残業をして稼ぎたいという意欲と、期待に答えたいという意欲で、毎日終電間際まで頑張っていました。

その頑張りが認められたのか、入社半年もたたないで副リーダー的な役目を任せられます。
内心何の許可もなしに、「モンゴロイドさんにはこれからこの仕事もやってもらいますね!期待してるよ!」みたいな感じで言われたのでむげに断れず、同期の皆よりは少し高めの給料、年に二度の雀の涙ほどの賞与があるからいいや…と思い仕事を引き受けました。その時は、嫌になったら普通の地位に戻してもらえばいいやぁーなんて呑気に構えていたんです。

忙しい日々のなかでも初めて仕事をしていてやりがいを感じることでき、ここが私の最後の職場であり、仕事なんだと思い初めていました。

仕事は残業が毎日5時間以上はあるので、辛くないと言ったら嘘になりますが、それでも当時私は家に5万円も入れていたので、とにかく稼ぐことが重要でした。
6回目も転職をしているものの毎回入ってくる給料は家に入れるお金と、自分に使うだけで貯金などしてこなかったため、とりあえず残業で少しでも自分に使えるお金を増やしたいと思っていました。

仕事も一通り覚え、社員さんがいない時でも任せられるようになった時から、またあの「仕事行きたくねぇー」といった症状が出始めました。
+酷い頭痛がしつこくまとまりつき、ただでさえ残業をしている体で毎日疲れているにも関わらず、どうにか月一回ぐらいの休みだけでその時は仕事もなんとか続けられていました。

当時は同期とも仲良くやっていたし、部署で仲良くなったメンバーと飲み会も良くなどしていたので、ストレス発散はできていたような気はします。
でも、心の奥底にある不安や不満、今の役割を降りたいという気持ちは誰にも打ち明けることができませんでした。

心と体を騙しながら、何とかクライアントとのコミュニケーションも任せられるようになっていき、部署全体を管理する役目を受け持つようになった頃から、私はしつこいイライラに悩ませるようになっていきました。
私の職場が殆どが20代前半で、いわば平成生まれの子たちが殆どです。
そういうモンゴロイドはというと、ギリ昭和生まれなので、特に偏見はありません。
でも、自分は毎日のように残業をしたり、後輩が残していった仕事を片付けたり、上司が気付かないような事柄の対応策を練ったりする内に、なんだか虚しさを感じるようになりました。
詳しくは言えませんが、携帯アプリ関連のお仕事でしたので、動作確認や仕様確認ということでゲームをすることは暗黙の了解で許されていました。
しかし、あまりにもゲームをする後輩が居たりして…その割には、定時上がりで一日の目標にも達さない後輩を見ると、どうしてもイライラしてしまっていました。

問題のある人ってどの職場にも居ますよね。
でも、今までの職場では経験したことないことばかりで、上司に相談しても「あとで言っておく」程度で実際に行動した姿を見れなかった時は、酷く落胆したものです。

あぁ、せっかく良い仕事に出会えたのに、なんで真面目にやってる私が一番辛いんだろう…なんて、被害妄想のかたまりになっていました。
そんな気持ちを抱えながら、一年半ほど過ぎたあたりに私に幸運のお知らせが舞い込んできます。

3.幸運の異動命令!?これで嫌な奴らと接しなくて済む~~!!

毎日残業5時間は当たり前、いつも一番遅くに家に帰るモンゴロイドを家族は心配していましたが、それでもやりがいと期待されていることに喜びを感じていたモンゴロイドに家族は無理しないでねと言ってくれたり、時に「こんな不真面目な奴がいていらつく!」といった愚痴を吐いていました。

そんななか、上司から違う部署へ異動しないか?との誘いがありました。
内容としては、その部署Bのリーダーが1人では大変だということ、モンゴロイドにそのリーダーを支え、楽しい部署にしてほしいという内容でした。
私は当時所属していた部署Aの仕事内容はとても好きだったものの、なかなか問題のある人に行動を起こさないリーダーに不信感を抱いていましたし、引き続き作業効率化が悪いため残業続きの部署から離れたかったので、即時OKをしました。

異動先のリーダーは女性で、本当にリーダーをよく受け入れたなぁと思うほど大人しい人でした。
コミュニケーションは得意ではないものの、部署Bで働く人々は皆真面目でした。
なんとなく自分から行動を移せない人はいるものの、その都度声掛けや、ホワイトボードなどにやることリストを順序立てて書くことで、自分から行動しなかった人たちも徐々に自分で行動するようになっていきました。
異動して数週間、なんとなくこの部署の問題が見えてきました。
私は他の部署から移動してきた身であり、何となく見た目は大人しいと見られないのでまだ皆とは打ち解けられませんでしたが、女性リーダーと部下に深い溝のようなものを感じました。
リーダーと多く接するうちに、そのリーダーがある男性が心底嫌いなことや、休みがちなスタッフに対してきつく当たるところや、残業をしない人に対して厳しい所があると分かりました。

きっとその上司も私のような真面目な人間なんだろう、とその時は客観視して相手を見ることができ、なんとか部署をまとめることができました。
リーダーが毛嫌いしている男性スタッフは、何度も同じミスを繰り返していて、業務中も関係のないページを開いていたり、オフィスチェアに座っている姿勢が横柄ということでクラス内での怪訝されていました。
こういう人は味方に取りこんだ方が良いと思っていたので、同じ年とあるということや、彼のムードメーカー的な所が良いと褒めたり、ミスをしても「大丈夫!次失敗しないようにね!」みたいな軽い感じで受け流していました。
彼はちょっと可哀そうなくらい、リーダーや他のメンバーに注意されていたので、そういう風にした方が良い効果を生むと思ったのです。
するとある日、彼が私に打ち明けてくれたことがありました。
本当にやめようと思っていたと思うくらい辛かったと。
彼のミスを繰り返してしまう所は、本当に直して欲しい所ですが同じ年という親近感もあり、私は彼をすごく励ましました。
休みがちだった子には、休み明けに体調は大丈夫か?とか休んでいる間にクラス内ではこういう風な方針になったよとか連絡事項は漏れないように共有することで、コミュニケーション回数が増えて笑顔が増えてきました。
何となくこのクラスに馴染んでこれたなぁっと思っていた矢先、ある会議の前、リーダーと雑談をしている時に、あの男性スタッフについて愚痴を言ってきました。
私はよくあることだと思いながら、いつも通りそうですね~もうちょっとこうすると良いですよね~なんて右から左に受け流していましたが、ある言葉でリーダーに対する見方が少し変わってしまいました。

「私、ほんとあいつ(男性スタッフ)辞めてほしいと思ってるから。それぐらい嫌いなんだよね…だから、彼が傷ついて辞めても全然構わないんだ」

初めての事務職で、同期も皆性格が優しくて、先輩や上司も初めてというぐらい人柄が良くて…期待はしていなかったものの、こういう人はどこにでも居るんだなと思い、なんだかがっかりしてしまいました。

前の部署でも月に1回ぐらいは休んでいましたが、またあの頭痛や吐き気、時には腹痛に悩まされる朝が続くようになりました。
自分でも分かってはいたのですが、やはり誰かを故意的に傷つけようとする人の傍には居たくないものですよね。
それから月に1回の休み、2回の休みが続き風邪はひきやすくなり、体には謎の湿疹が出て痒く体力的にも限界を感じてる日々が続いていました。
1日休んでは必ず回復して出勤してくるモンゴロイドにリーダーや同僚は心配しましたたが、その負担を分けてくれようとはしませんでした。
シフト制だったため、自己犠牲的な性格なモンゴロイドは5連勤でも何でも良いと言っていましたし、副リーダー的な役割をしていたこともあり、午前出勤や午後出勤などまちまちなシフトになることも多くなりました。

そんな矢先、急性胃腸炎で嘔吐と下痢で1週間休むことに。
吐き気止めを飲んでも、整腸剤を飲んでも変わらず、大きな病院で検査しても結果はただの急性胃腸炎。入院しますか?と言われましたが、その時は点滴を外してゆっくり寝たかったので、もし家に帰っても嘔吐が続くなら入院するという約束をして自宅療養。
数日吐き気には襲われたり、下痢は続きましたが、なんとか嘔吐することはなくなかったため、一週間殆ど食べてませんでした。
やっと吐き気と、下痢が治まったと思いながら、全然本調子ではない体を引きずっていった時は初めてというほど仕事が嫌だと思いました。

急性胃腸炎ということで休んだ私に同僚は、ストレス・仕事のし過ぎ・無理しないでねと優しい言葉をかけてくれ、また私がやる仕事も覚えたいと言ってくれました。
段々と部署の皆がまとまってきたんだなと思っていると、女性リーダーは少し冷たい態度でした。

言葉は優しい感じでしたが、元々欠勤が多かったモンゴロイドだったので、表面までは隠せなかったのです。
それから何となくリーダーとの溝ができ始め、私はここで部署の皆がリーダーを嫌っていることを初めて理解できた気がします。

仕事は毎日大忙し。所属している部署は落ち着いていても、私は前部署の知識があるため、A部署が忙しい時はそちらに駆り出されつつも、B部署も見るという日々を送っていました。
それでも、何だか頼られている感があって、そして初めて社会人らしい仕事をしている自分が誇らしくて、毎日毎日残業ばかりしていました。

そんなある日、朝目覚めた時。腹痛に襲われます。
それでも仕事には行かなきゃいけない、電車の中で一日のやるべきことを頭で思い浮かべていると何故か悲しくなってくる、いけないと思いつつ職場に歩みを進めるにつれて動機がしてくる…あれ、なんだこれ……

足は勝手に仕事場ではない方向に向かっていました。
仕事に行けない、行きたくない…そう思った私はその日休むことを職場に告げ、人生で初めて精神科を受診することになるのです。

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