うつ病の症状6~知らなかったのか…?現実からは逃げられない…!!!モンゴロイドの次の旅路~

うつ病の症状

1.ここまでの経緯をさらっとおさらいしよう。モンゴロイドの転職履歴

転職が多いと一番困るのが、履歴書を書く時や面接です。
転職が多いのは恥じゃないという意見もありますが、いつの時代でもやはり転職が多かったり、勤めている年月が短いと圧倒的に不利だと思うんですよね。
まだまだ根性論で生きてきた世代が上司になることも多いですし、
やっぱり転職が多いとね…と自分でも分かってはいるものの、そこで頑張り続けることができなかったので逃げるしかありませんでした。

今までの転職履歴は、下記の通りです。

1社目20歳(3ヶ月ほど)、アパレル会社、上司と合わず退職
2社目20歳~25歳(約5年間)ブラック飲食店、ブラックのため退職
3社目25歳(一か月ほど)、海外輸入食品店、女上司のパワセクのため退職
4社目25~26歳歳(合計7カ月)カフェ、苦手な同僚、店長から逃げたくて退職
5社目カフェとの副業:25歳~26歳(1カ月?)店長が新人をいじめる宣言をしたため退職

こうやって見ると、殆どが職場の人が嫌になって転職しています(笑)
それほど、人って仕事する上では大切ですよね。
仕事自体つまらなくても、職場の人達との仲が良かったりすると仕事も自ずと楽しめるし、例え仕事が忙しくて、辛い内容でも周りのフォローや、良い人に囲まれれば退職することなんてないんです。
実際ブラック飲食店は、お客様は心底嫌いでしたが、上司と同僚は大好きでした。

そんなこんなで、カフェとカラオケ屋を退職したモンゴロイドが、次に手を出したのは「ドラッグストア」でした。

2.6回目の転職は人生初のドラッグストア。見慣れない商品にワクワクな日々

以前の記事でも語りましたが、モンゴロイドは2014年に「僧帽弁閉鎖不全症」と心臓病を患い、手術をしました。

その時に感じたのは、お医者さんの凄さや看護婦さんの凄さ。
仕事とはいえど丁寧に優しくしてくれる人達の温かさを受け、モンゴロイドはどんどん回復していきました。
当時はカフェ屋がとても良い職場(その後、違くなりますが…)だと感じていたのですが、
ずっと自分は自分のためだけに働くだけの人生でいいのか、ととても深く考えたものです

思えば福祉系とは、私はとても深いかかわりがあると思います。
母はお金がなくて学校には行けなかったものの、夢は看護婦さんでした。
大人になり、私を含め子供3人を育て上げ、自分の時間ができてから、
母は以前から夢としていた「介護士」の道を歩み始めました。
また、姉は小さい頃から「幼稚園の先生」が夢で、その道はずっと変えることなく見事保母さんになりました。
母にも小さな頃から「看護婦さんはどう?」とか「介護士とかいいんじゃない?」といわれましたが、モンゴロイドはどうにもそちらの道は歩めませんでした。
何故そちらの道に歩まなかったというのは、自分の心がそんなに強くないことをうすうす感じていたからだと思います。

誰かの役に立ちたい、という気持ちは抱えていたものの、何も資格がないし、資格をとるお金・時間・気力が底ついていたため、私はその気持ちを無視して、たまたま受かったドラックストアで勤めるようになりました。

副職も含め現在までに7社の会社を転職してきた私は、学生時代も古本屋やスーパーのレジ打ちなどしていましたが、ドラッグストアで働いたことはありませんでした。
薬に何も知識はなくても、レジ打ちや品出しをすればいいとのことだったので、すぐ働くことができました。

職場はどこの商店街にもあるようなドラックストアでした。
店長はとてもいかつく、がっしりとした女店長でしたが、働いているパートの伯母さんたちや、少し年代的に近い年上の社員さんもいて特段嫌なことはありませんでした。

仕事に慣れてくると、よく品名を書いている紙(POP)の作成を任されたり、
また商品の発注や自分が担当する所はここという形で、どんどんと仕事を覚えるようになりました。
女店長は以前のパワセク上司よりはマシでしたが、それでも淡々と仕事をし教えるような人だったし、彼女自身笑顔で接客はできていなかったので、働いている人にも「接客は笑顔で!挨拶は基本!」みたいな感じではなかったので、そういう面で良かったです。

また、ドラックストアはずっと品出しをすると腰がやられるので、2時間やったらレジ→品出し→掃除→レジみたいな感じで、接客をすることがない時間もあり、そこでも「この仕事楽だわぁー」と思っていました。
先輩たちも厳しいというより、ちゃんと冷静に叱ってくれるような人達ばかりだったので、元々末っ子だった私にとっては皆が年上なのでとても居心地が良かったです。

そんな中、「登録販売者」という資格を先輩から教えてもらえます。

簡単に言ってしまえば、薬剤師さんほどの知識はないものの、特定の薬を販売できる資格です。

花粉の季節になるとドラッグストアで薬を買われる方も多いかと思いますが、「アレジオン」とかそういう部類を販売できるってことです。

この資格が結構良くて、薬剤師不足で悩んでいるドラックストアでも「登録販売者」がいると販売できる薬があるため、この資格を持っている人はお給料も少し高くなったりします。

給料高くなるなら、絶対取らねば!!!と思っていた矢先、退職しようと思う出来事ができました………

3.傷ついた心はかさぶたぶたぶかさぶたっ♬ちょっと触れただけで、すぐ血が出る心。

当時働いていたドラッグストアでは、別に人は嫌じゃなかったものの、どこか物足りなさを感じていました。
また、モンゴロイドはネイルや髪の毛もちゃんと明るくしたい方だったので、いずれかはおしゃれしてもOKな事務に転職したいと思っていましたし、実際に行動を移しました。
何となく今の仕事は長く続けられそうにない…というか、続ける気がないと思っていたので、さっそく事務系に強い派遣に登録をし、面接など受けてきました。

副職を探す傍らでも、事務初心者でも大丈夫なような事務の職場をタウンワークで探していました。
品出し中は、自分の人生プランをよく考えたり、新しく入ってくる化粧品やネイルの商品を見て、こういうのを気兼ねなくつけられるような職場が良いと思っていました。

そんな転職・復職活動をしていた際、事件は起こりました。
当時私は色々な仕事は任されたものの、仕事は専門的な電話がかかってくることから良く先輩が電話を取っていました。(商品の在庫状況や、新商品の検索など)
その頃にはもう私も電話を取って良いと言われていたため、電話を取りました。

するとお客様からレシートを見ると、一つ多く商品が打たれているということだったのです。
休憩室に店長のエリアマネージャーはいましたが、二人は休憩中だったため、私は一旦確認してから担当の者から折り返すため、電話番号と名前を伺いました。
電話を切ると、何気なく私が電話を取ったのを聞いた店長が「誰?」と聞いてきました。
私は事の次第を伝えると、店長とエリアマネージャーが「何で切ったの!?なんで確認しなかったの?!」と怒鳴られました。
私の頭は「?」で一杯です。私の言い分としては、一番近くに居るのは店長とエリアマネージャーで休憩中、電話を取った場所からレジまでとても離れているし、周りにこの2人以外いないため、一旦切ってからお客様に電話をした方が親切だし、電話かけてもらっているため電話代がかかってしまうという点でした。
二人にガーガーワーワー言われているうちに、私の目には涙が。

二人の意見は一番近くにいた私たちが居たんだから普通聞くべき、そしてお客様の言っていることを鵜呑みにするなと言われました
この鵜呑みにするながよく分からなかったのですが、私はお客さまに「私では分からないので、一旦責任者のものに確認し、折り返しお電話する形でもよろしいですか?」と言ったため、お客さまの言っていることが正しいですなんて一言も言っていません。
それでも、店長とエリアマネージャーは「そんなの嘘ついているからもしれないじゃん」と言われ、私はただ謝るしかありませんでした。

私はとりあえず店舗側に居た副店長みたいな方に、事の次第を話し、全て対応してもらいました。
その時は誰にもこの理不尽な思いは、打ち明けることはできませんでした。
というか、私の考えがおかしいのかな?と思っていたので、言えませんでした。
今振り返れば、店長の言っていることも分かりますが、私としては電話をかけてきてもらっている以上、(すぐ確認できることならまだしもレジ打ちが違うと時間がかかるため)一旦電話を切って、折り返し電話した方が丁寧で誠実な対応ができると思います。

そんな事件があってから、私は店長が本当に嫌になりました。元々転職する身だったんたし、さっさと決めて辞めちゃおう~と軽い気持ちでした。

そして、また体調が悪いという理由で仕事を退職。
因みにドラッグストアは「半年」続きました。

もうこの時から、自分はちょっと駄目な奴なんだなぁ~と自己嫌悪に陥ることがありましたが、職場や環境や人が変わればという希望は捨てられませんでした。

だって一番辛い職場を5年も勤めることができたんです。
あの震災も乗り越えることができ、普通に仕事もできるのに、何で自分はすぐ嫌になってしまうんだろう…何でこんなにも傷つきやすいんだろう…と思っていました。

あの時もっと自分に優しく、お前はそういうやつなんだから、一回休んどけっと言ってくれる人が居たら、「うつ病」なんてならなかったのにと思います。

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